京都自転車旅行 後半

22日夜の部
泉涌寺を見終わって伏見稲荷でも見に行くかという話もあったのだが、初スポーツチャリのO野君もそこそこ疲れたということで京都駅に戻ることにした。京都駅にくっついているビックカメラの向かいに駐輪場があったのでそこに駐車。150円/日だがビックカメラか伊勢丹で1000円分買い物をするとタダになるらしい。N田が仕事終わるまでおみやげを買って暇を潰す。

N田君と合流し河原町川端へ。鰻屋を目指したのだが臨時休業の張り紙の前で呆然と立ちつくす我々を尻目に隣のキャバクラからお姉さんたちが鰻屋のある路地へ吸い込まれていく。これはどこぞのお大尽にしてやられたようだ。
悔しいので四条通沿いで鰻を食すも高いだけであまりおいしくない。口直しに三条京阪あたりまで北上し、河原町通三条上ル一筋目東入ル、の「よしみ」という居酒屋へ。こちらは大当たりだった。くじらの「畝須」や鱧と松茸のしゃぶしゃぶなどを堪能しo野君は「梅ビアー」にやられ、3人でお会計1万ちょい。最初からこっちにくれば良かったんだ。「また来ます!」と大将に約束して夜の祇園へ・・・とは行かず、三条坂を通って素直に帰る。明日は琵琶湖なのだ。
なにやら寝しなにゲーム開発にはエクリチュールが必要だとかわけのわからないことを言った覚えがあるが。。。まあいいや。

23日
朝10時くらいに琵琶湖へ出発。いきなり逢坂峠。
これやこの いくも帰るも 別れても 知るも知らぬも 逢坂の関
確かにこの関は京都へ出入りする人間は皆通ったであろう要所にある。坂の中腹にも町があり道も入り組んでいて、自転車には若干走りづらい坂ではあった。しかし向こう側へ出てしまえば既にそこは滋賀県大津。目に琵琶湖が飛び込んでくる。琵琶湖一周は200kmあるらしいので、時間的にも体力的にもパス。琵琶湖には南よりの狭い場所に琵琶湖大橋という橋がかかっており、そこを通って南側を回る算段。これだと50kmくらいだそう。でも初心者含むので(僕だってまだ一年半だが)無理そうだったら橋まで行かずに戻ってこようか、という感じで出発。
信号の数に直結するため、湖を回るときは反時計回り、逆に島を巡るときは時計回りが良いという。なので湖の南端から、湖を左手に見て反時計回りに回る。湖畔の自転車道は信号もないし広いし舗装もちゃんとしていて、快適すぎる。しかも3人なのでローテーションができる。風も少なくちょっと踏み込むとすぐ27km/hくらいになってしまい、24km/hくらいでゆったりとよい景色の中を1時間ほども走ると、もう昼飯予定地の道の駅草津(に併設されているロックベイガーデン)についてしまった。この施設へ入る私道でビンディングシューズのN田君が盛大にクラッシュ。自転車を停められる場所を見回していて、足下のキャットアイマーカーに車輪を取られたのだ。若干の流血と打撲があったがなんとか大丈夫だったようだ。たぶん。食事は・・・まあ道の駅だよね。

どうやらO野君も元気なようなので、琵琶湖大橋を渡ることになった。高低差の激しい橋で、中央部はかなりせり上がっていた。結構な坂だ。能登島大橋で死にかけた記憶が脳裏をよぎったが、今回は自転車が良すぎるので危なげなく降りきることができた。
サイゼリヤでおやつ休憩。琵琶湖の西側は車道なので結構危ない。初心者もけが人もいるので歩道を使いながらゆっくり帰ることにした。しかし最後にはまた逢坂峠が待っているわけで、足を絞りきる感じでやっと山科へ到着。逢坂峠の下り坂では40km/hくらい出たけど、気持ちよかったな。このあとどうする、という相談をしていると、O野君が「何を訊いてもウンと言う機械」になっていることに気づいたので、さっさとN田邸に帰る。

シャワーを浴び、カロリーを摂りながら荷物をパッキングする。輪行袋はまだ。この後借りていたAnchorを返すために五条へ向かうためだ。だが、ここで大きな間違いをした。N田も怪我しているし僕らは着替えてしまい普段着なので、「三条坂よりは坂がきついが短い」という五条坂を歩いて登る予定だったのだが、五条坂は想像していたよりも長く、さらに三条坂とは較べモノにならないくらい自転車向きではない且つ歩行者向きでもない坂だったのだ。結局途中で着替えて自転車でがしがし登ることになった。確かに京都駅に急ぐときは速いかもしれないが…三条から行って二条分鴨川を飛ばした方が気持ちよかっただろうな。京都駅に急いでいたにはいたんだが。
ようやく五条に着いて自転車を返し、京都駅近くの牛タン居酒屋に入り(これも目当ての店がやってなくて仕方なく、だったのだが)、大急ぎで京都駅前で輪行状態にパッキング。N田は二年ほど世話になったR1をO野に譲渡するので、帰りはO野も輪行。
京都駅から自宅の最寄り駅までの終電が21:15だったのだけれど、切符を買っている間に逃してしまい、結局乗れたのは21:35。でもなんとか新横浜まで帰ってこられた。菊名で乗り換えてO野邸のある武蔵小杉で一度降り、輪行状態のR1を組み立てた。僕は登戸までは電車で行けたのでそれに乗り、登戸からいつもの多摩川沿いを走って帰ってきた。二時半くらいにはなっていたと思う。
サイコンが壊れてたけど、この日だけで80kmくらいは走ったんだろうなあ。新記録だ。でも疲れた。
O野君は初心者で(昨日15kmくらいは乗ったとは言え)いきなり50km、しかもその後登坂させられるというのは相当きつかったと思うが、そこは僕とは20kg以上の体重差ゆえか非常にそつなくこなしていたと思う。R1も使ってもらえそうでよかったよかった。僕はといえば輪行はしばらくやりたくない――と思った。とにかくパッキングが面倒で。片道だけならいいかもね。