人類にはもう時間がなかった。敵は私たちが平和に慣れのうのうと暮らしている間にも、ちゃくちゃくとその力を蓄えつつあったのだ。昨年夏にこのエリアを我々が確保した際に起こった征服戦争によって全ての敵は殲滅されたかに思われていたが、ここへきて彼らの生存を断定できる証拠が現れたのである。
今回の戦線は昨日、我が陣営の補給部隊隊員が通常の補給ルーティンをこなしている際に敵側の斥候兵に遭遇、昨年夏から前線配備された地球ジェット砲により撃退するも殲滅することができなかったという衝撃的な事件で幕を開けた。補給隊員は遭遇当初「たけちゃん むしーー」と叫ぶのみで、直接の対処を行わなかった。そのため戦闘隊員が現場に到着するまでに若干の時間を要したことが敵に時間的余裕を与える結果となったのではないだろうか。
敵の斥候は米粒大の小型兵ではあったが、大きさはこの際問題ではない。その存在は昨年の激烈な戦いを生き延びた「卵」の存在、そしてひょっとしたら我々の監視の目を逃れて生き延びている「マザー」の存在をも示唆するものであるのだ。
「一匹見たら30匹はいると思え」――そう訓練された我々人類にとって、たった一匹の存在であっても彼らの存在は看過できない。我々の権力圏から一歩外に出た「野外」ならいざしらず、なけなしの収入から毎月の賃貸金を支払って確保しているこの人類影響圏の中では断じて許されない。
まさに一夕にして組み立てられた戦争プランと特別予算枠の策定を以て、今年もまた激しい戦争がはじまろうとしていた。
その後の調査によって、最初の遭遇時に使用された接近兵器「地球ジェット砲」は、本来蠅類や蚊類といった飛行生物に対して効果を発揮する兵器であったことが判明した。これもまた斥候を逃がしてしまうという失態の原因と考えられる。この失敗は初夏にはせいぜい小蠅しか出ないであろうという慢心によってもたらされたものであり、ただちに対G接近兵器である「Gジェットプロ」が前線配備された。
しかし「Gジェットプロ」は短距離制圧兵器であり、広範囲遠距離の制圧には向いていないという欠点がある。よって、手始めに使用される兵器は地球製薬製の「地球レッドW」に決定した。地球人類科学の粋を集めて製造されたこの兵器は6~8畳のエリアを掃討できる。一発730円。昨年の戦役では10~12畳用と6~8畳用を併用し、一気に全域の掃討を行ったことが記憶に新しいが、実は敵兵の死骸が発見されたのは炊事エリアと入浴エリアのみであり、生活エリアや業務エリアには一切確認されることがなかった。そのため今回は炊事エリアのみの掃討計画となった。
まったく戦争というのは厄介なもので、食器・調味料・布類・衣類を待避し、新聞紙等敵の待避壕となりそうな場所を徹底的に外へ出し、その他「地球レッドW」の強力な影響を受けたくないものには新聞紙やビニール等で目張りをしなくてはならない。この準備に3~4時間かかった。夜の19時になってようやく開戦準備が終了し、爆撃が開始された。
準備さえされてしまえば、我々のすることはただひとつ。掃討エリアを孤立させ待つことだけである。エリアを密閉し二時間ほど国立のモスバーガーで時間を潰して帰ってくると、戦闘は既に集結していた。
結果は我が人類の圧倒的勝利であった。
敵兵の遺骸3確認。
全て米粒大。
以後敵生存エリアと思われる地域の封鎖を目的とした包囲作戦と、敵を寄せ付ける原因と考えられているパイプ交換工事が実施される予定であるが、道具が用意され次第実行される。