テッド・チャンというSF作家の作品を初めて読んだ。短~中編集『あなたの人生の物語』。正確にはまだ読み終わっていないが、こんなに文学的なSFは初めてだ。これは別にキイスの『アルジャーノンへ花束を』のような態様で一般小説との境目にあるというわけではない。(あれは正確に言えばSFではなかったと僕は思っているし、あれが文学である可能性はさらに低いだろう。)
しかしテッド・チャンの短編は、SF小説の持つ娯楽的な部分や厭世的な側面を十分に持ちながらも、過剰サービスとも言えるほどの文学的アプローチがSF的題材を駆使して展開されている。簡単に言えばSFでありながら文学であろうとしている。新しい。面白い。
僕は決して熱心なSF読者ではないし文学ファンでもないが(特に最近は)、SF小説の大半はサイエンスの開陳とフィクションの遊びでできていると言って差し支えないだろうとかなりの確信を持って思っていた。だから「文学作品を挙げよ」と言われて『2001年宇宙の旅』は挙げないし、『神々自身』も挙げないし、『ファウンデーション』や『エンダー』なんてもってのほかだと思ってきた。それはこれからも変わらないだろうけれど、その原因は作家が文学を書こうとしていないという一点に尽きる。文章技法の巧拙はもちろんあるが、それと文学とは何ら関係がない。ドイルやルブランを文学と言いづらいのと同じ文脈でSFは文学とは言い難かった。
文学的指向を持っているという点で、チャンの小説に対する姿勢は明らかにこれまでのSF作家とは異なっている。サイエンスの敷衍の結果SF小説へ至ったアシモフやクラークとも違うし、本人はSFと言うよりハードボイルドの権化と言っていいジェイムス・ティプトリー・Jr.が冴えわたる頭脳から繰り出すソリッドな作品とも違うし、洒脱なアイロニーでキレのあるジャブを繰り出してくるラファティとも違う。
SF作家を4つのパラメータで表すとしたら、こんな感じだろうか。
エンターテイメント:ドキュメンタリー(サイエンス):ファンタジー:文学
アシモフ 60:50:30:10
クラーク 70:70:50:20
カード 100:10:120:5
ギブスン 100:0:80:20
チャン 50:50:40:50
レム 40:40:30:40
(数字の大きさは面白さの度合いを表しているわけではない)
とはいえこの作家に関してはまだ短編集が一冊出ているのみだし、また全ての短編にそういった指向が読みとれるわけではない。たまたまジョイスのファンだったとか、何かの間違いで再帰的小説手法をとってみたという可能性もあるだろう。
まあとにかく面白いから仲田君は読んだ方がいいよということが言いたい。