L.A. 一日目

成田;雪も積もっていなかった都内は数年に一度の大雪で交通機関が心配だったが成田Ex.はちゃんと動いていて、空港に至っては雨がちで積もっていなかったため、定刻に出発。飛行機がカムチャッカ半島の南あたりにさしかかった頃、気流の乱れに巻き込まれてかなり揺れた。東京で雪を降らしていた低気圧のせいかな。座席が尾翼近くだったので縦に横に揺られて寝ることができず、結局10時間のフライト中一睡も出来ずに前日の徹夜と併せて2徹目に。

日本時間18時半出発で、現地時間3日の正午くらいに到着。入国審査に時間がかかり、さらに荷物がなかなか出てこなかった。おみやげは140ドル分と申請したけど関税もかからず。ドラ焼き140ドル分って相当量だけど、JAPANESE BAKED CAKEという説明ですんなり。有村が運んだ黒豆20kg分くらいはどうだったんだろう。申請書にはBlack Beans(boiled)とか書いてたけど伝わったのか?これらの食品は有村姉のL.A.での得意先への贈り物になったりするらしい。シンガポール航空は一人32kg制限というのがあったので、二人で分担することでしのぎました。なんだかんだで14時頃やっと空港を出られた。ちなみに入国審査では右左の人差し指の指紋をとられただけで、五本全部ということはなかった。少し緩和したのかな。

BADGETでレンタカーを借りてホテルへ。有村がHYUNDAIを嫌がったので少し高くなった。SUZUKIのRVっぽい中型車。 名前失念。どうせ日本とは違うだろう。

日本を出る前からだけど、じっとしてると首のうしろが痛くなる。今(二日目夜)でもまだ痛いなあ。ふだん引きこもってる僕が周りをきょろきょろ見て歩くからだろうか。 体を動かすと解消する。

部屋はこんなホテルはリトルトーキョー近くのMIYAKO HOTEL。日本語が使える。周りにも日本食の店が多くて海外にいる気がしない。風景も異国情緒があんまないんだよなあ。なんでだろ。都市だから?
写真の通りの部屋で、ダブルベッド二つ+バスルームでけっこう広い。ネットはLANケーブルでDSL。何DSLかはわからないが。

夜、近くの和風居酒屋へ。メニューも内容もあまりに日本の居酒屋そのままでびっくりする。日本で居酒屋に行くのと何も変わらない。ビールはキリン、サッポロ、エビスだし、BGMは90年代J-POPだし、日本人の店員しかいないし。強いて言えばカリフォルニアロールをはじめとしたロール寿司がメニューにあるくらいか。 ここ

食事後ホテルに戻り、寝ようと思ったが仕事があったので仕事を。ちょうど0時頃就寝。泥のように眠る。

L.A. 無事着きました

L.A.無事着いています。飛行機では寝られなかったけど、着いた日の夜にはぐっすり寝られました。今は4日月曜日の朝の8時です。海外からのPOSTをxreaサーバーに遮断されていたので投稿できなかったんですが、さっき直りました。

急ですがL.A.行ってきます

2/3~12日まで。仕事だけど少しは遊べると思うので、近代スケートボードの聖地ベニスビーチ、ドッグタウンに行ってきます。

ほかに何があるのかすら分かってないのでおみやげは期待しないでください。

4月に御前崎旅行をしたときのスナップ

‘07 御前崎4月にT子さん、N田、A村、H美さん、A子と御前崎で遊んだときの、T子さんセリカ(コンバーチブル)からの撮影。広角レンズを買ったばかりで太陽を入れて撮るのが流行っていた。

屋久島顛末記が終わってないけどなんとなく現像したのでアップ。

なんだか今年は旅が多かった。御前崎はいつもの漫画農家へのステイなので旅じゃないが、上高地・北海道・屋久島+奄美大島 。行きすぎかもしれない。来年はホノルルセンチュリーライドおよび屋久島リベンジおよび高知へ鰹と日本酒の旅が予定されている。

屋久島・奄美大島顛末記 9/19

屋久島に来たからには縄文杉を見なくてはならん、と考えていました。一度見てしまった今となっては同じことは思いませんが、「世界遺産屋久島」の象徴である縄文杉を見ていないのですから、見てみたいと思うのは当然のことです。しかし、既に見てしまった私や現地ガイドの一部は、「縄文杉だけが屋久島ではないですよ」とこっそりと言うのもまた真実です。その理由はいくつかあるのですが、それはさておき。

縄文杉へのトレッキングは朝未明から登り始めるため、 到着一日目には行くことができません。山中一泊であればそれも可能かも知れませんが、多くの観光客は日帰りで縄文杉まで行きたがります。我々もご多分に漏 れません。山中泊の経験がありませんからね。しかし、もしもう一度縄文杉に行くのであれば、山中の山小屋で一泊するコースを採りたいと考えています。それ は、ここでは詳しく述べませんが、シャトルバスのみでしかアクセスできない現状(道路の一部が崩落しており一般車の通行は禁止)では特に、日帰りの縄文杉 トレッキングは時間制限がきつすぎるためです。屋久島の自然と縄文杉を堪能するにはペースがかなり早く、十分とは言い切れないものがありました。

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屋久島・奄美大島顛末記 9/18

屋久島 D70最後の一枚9/18から22まで、遅い夏休みで屋久島と奄美大島へ行って参りました。
結果から申し上げますと、惨敗の二文字かと存じます。

帰京後もしばらく心の傷が癒えず、ようやくことの顛末を書く 気がでてきたのは11月に入ってからのことです。これもひとえに、縄文杉に着く前にカメラが壊れたためなのですが…。

そもそも、屋久島と奄美大島へ行くことになったのは友人のHが奄美大島で仕事をしていたからです。Hは文子の友人で僕より少しお姉さんなのですが、一週間ほどうちの子になっていたこともある、柔軟性のある人です。彼女の奄美での仕事もあとわずかということで、文子と文子の友達のOが奄美行きを計画しているところに僕も便乗したかたちになります。

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上高地 5/26 その2

上高地07 明神池現地でパンフレットを見てやっと知ったのですが、上高地は4つのエリアに分かれています。梓川下流の大正池エリア、観光客が最も多い河童橋エリア、半日くらいの散策の目標地点となる嘉門次小屋・明神池エリア、一日かけて回るときやキャンプするときの徳沢エリア。ホテルは大正池から河童橋までに分布していて、徳沢までいくと元牧場であったというキャンプ場(一人500円で泊まれます)のほかロッジなどもあります。ぼくらの最初の目標地点は嘉門次小屋でした。明神池を見てから小屋についたのがちょうど午前9時頃。ここは岩魚を囲炉裏で塩焼きにして食べさせてくれる有名店で、岩魚の塩焼き900円(!)、岩魚の塩焼き定食1500円(!!)。定食にはみそ汁と胚芽米を炊いたご飯とちょっとしたおかず、お新香がつきます。いくぶん高いような気もしないでもないが、ここは高尾山より標高が高いので山頂価格ということでガマン。歩道があまりに歩きやすく、実は見えないところに車用の林道も走っているのでここが高山の中腹であるということをつい忘れてしまいます。(もちろん一般車の乗り入れはできません)味は、美味。朝6時からぶっつづけで歩いているのだから当然と言えば当然ですが、いけすの中で泳いでいる岩魚をその場で焼いてくれるので、運動してなくても多分おいしいでしょう。
ちなみに、この嘉門次小屋に泊まることもできるようです。
写真はこの小屋の隣にある明神池。穏やかで透明度の高い池で、岩魚や水鳥も泳いでいます。滝やせせらぎを低シャッタースピードで撮るのを旅行ガイドなどでよく見るのでやってみたのですが結構難しい。三脚を持っていかなかったのが悔やまれます。
つづく。

上高地 5/26

先月末に上高地へ行ってきました。

上高地07 ニリンソウ上高地には一般のマイカーの乗り入れが禁止されていますので、麓の駐車場に車を置いてタクシーやバスを利用する必要があります。沢渡という土地の駐車場に着いたのが午前5時10分頃、4000円定額のタクシーに乗って上高地帝国ホテルに着いたのは5時40分頃でした。荷物を一部預かってもらい、さっそく散策を開始します。

上高地リピーターである有村に誘われて行った旅だったため、事前調査など何もしておらず上高地についてもほとんど知らないままだったのですが、尾瀬みたいなもんだろうと考えていたら実際の上高地は予想とはかなり違った場所でした。
標高は上高地が1500mに尾瀬ヶ原が1440mと近いため、樺系の樹木が多かったりニリンソウが群生していたりと植生はけっこう似ているのですが、水はけという点で両者の土壌は大きく違うようです。尾瀬ヶ原は高山に囲まれた湿原であって、面積がかなりあり盆地のような構造をしています。その分水分が広く遊び、湿原を形成しているのでしょう。いっぽう上高地も尾瀬と同じように火山の造山運動によって川がせきとめられ出来た平坦地ですが、山が迫っているぶん水はけはそれほど悪くなかったのか、池も湿った土地も多いのですが湿原と言うまでではありませんでした。

上高地07帝国ホテルから5分も歩くと川に出ます。この上高地の景勝を構築した梓川です。この川が造山運動でせき止められ、大量の土砂を堆積しこの平坦地ができたということです。前日に大雨が降ったため、普段は透明度が高く美しいという梓川も濁り気味でしたが、随所で水が停滞していて美しい川底を見せてくれていました。景勝地として名高いところ、くらいの認識はありましたから、当然カメラには広角レンズを装備していきました。おかげで近景で撮った人物はいたるところで樽型にゆがんでいますが、僕は通常体型が樽型なので結構自然に写っていると言われています。

上高地07この写真の時点で朝6時半くらい。山岳の合間から朝日が差し込んでいます。
上高地はもともと穂高連峰などの登山基地として発展したらしく、本気の登山客もかなりいました。スキーを背負っている人もいましたが、上で滑るんでしょうか…。僕らはそんな装備も体力もないので、この平坦地の最奥となる徳沢という土地を目指します。マイカー規制のおかげなのか、空気がとてもおいしいのは感じたのですが、あまりに平坦なためここが標高1500mに位置しているということを忘れがちになります。ここであれば多少足腰に不安がある人でも散策できそうだというのが最初の印象です。もちろんそれは、この場所が天然記念物・国定公園・特別景勝というトリプルクラウンで保護され整備されているためです。この後奥に行くにつれ、前日の大雨で橋が渡れなくなっていたり、山から土砂が大量に流れてきた場所などを渡っていくことになり、この地域の見た目の平穏さはなんとか自然を飼い慣らした結果なのだと思い知らされました。

つづく。